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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)1754号 判決 1990年1月18日

原告

M 株 式 会 社

右代表者代表取締役兼原告

甲 野 春 子

外一名

右三名訴訟代理人弁護士

川 瀬 久 雄

被告

株式会社S興信所

右代表者代表取締役

乙 川 二 郎

右訴訟代理人弁護士

柴 田 茲 行

被告

旅館丙山株式会社

右代表者代表取締役兼被告

丙 山 夏 子

外一名

右三名訴訟代理人弁護士

谷 村 和 治

大 槻 龍 馬

安 田   孝

平 田 友 三

被告

丁 沢 四 郎

外一名

被告兼右両名訴訟代理人弁護士

丁 沢 五 郎

主文

一  被告丁沢四郎、同丁沢五郎、同丁沢秋子は、連帯して、原告らに対し、各金三0万円及びこれらに対する昭和六0年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの同被告らに対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用の七00分の九と被告丁沢四郎、同丁沢五郎、同丁沢秋子に生じた費用の一00分の三を被告丁沢四郎、同丁沢五郎、同丁沢秋子の連帯負担とし、その余の費用をすべて原告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社S興信所は、原告M株式会社に対し、別紙一記載の、同甲野春子に対し、別紙二記載の、同甲野一郎に対し、別紙三記載の各謝罪文による謝罪文書を各一通交付せよ。

2  被告旅館丙山株式会社は、原告M株式会社に対し別紙四記載の、同甲野春子に対し、別紙五記載の、同甲野一郎に対し、別紙六記載の各謝罪文による謝罪文書を各一通交付せよ。

3  被告丁沢四郎、同丁沢五郎、同丁沢秋子は、原告M株式会社に対し、別紙七記載の、同甲野春子に対し、別紙八記載の、同甲野一郎に対し、別紙九記載の各謝罪文による謝罪文書を各一通交付せよ。

4  被告らは、連帯して、原告M株式会社に対し金一000万円、同甲野春子に対し金一000万円、同甲野一郎に対し金一000万円及びこれらに対する被告旅館丙山株式会社、同丙山夏子、同丙山三郎、同丁沢四郎、同丁沢五郎、同丁沢秋子において昭和六0年八月一七日から、被告株式会社S興信所において昭和六0年八月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  第四項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  名誉毀損文書

(一) 被告株式会社S興信所(以下「被告興信所」という。)は、信用人物調査等を業とするものである。

(二) 被告興信所は、同丙山夏子(以下「被告夏子」という。)の依頼により、原告甲野一郎こと甲野一郎(以下「原告一郎」という。)の人物調査及び同M株式会社(以下「原告会社」という。)の企業調査をなし、昭和五七年八月二四日付けで、それぞれについて調査報告書を作成のうえ、被告夏子に交付した(以下、原告会社に関する調査報告書を「A報告書」、原告一郎に関する調査報告書を「B報告書」という。。

(三) 被告興信所は、同丙山三郎(以下「被告三郎」という。)の依頼により、訴外株式会社O港湾(以下「訴外O港湾」という。)の企業調査をなし、昭和五七年一一月二日付けで、調査報告書を作成のうえ、被告三郎に交付した(以下、訴外O港湾会社に関する調査報告書を「C報告書」といい、A、B、Cの各報告書を一括して「本件文書」という。)

2  仮処分申請による原告らの名誉毀損

(一) 被告旅館丙山株式会社(以下「被告旅館丙山」という。)は、同丁沢四郎、同丁沢五郎、同丁沢秋子(以下「被告丁沢ら」という。)に対し、昭和五七年一一月一二日、訴外丙山L(以下「訴外L」という。)を被申請人とする不動産処分禁止仮処分の申請を依頼した。

(二) 被告丁沢らは、昭和五七年一一月一三日、被告旅館丙山の代理人として、京都地方裁判所に右仮処分申請書、及び疎明資料として、同夏子及び同三郎から受領した本件文書等を提出し、同月一五日申請認容の決定を得た(昭和五七年(ヨ)第九0二号。以下「本件仮処分」という。)。

(三) しかしながら、疎明資料として裁判所に提出された本件文書には、別紙一0ないし一二のとおり、原告らの名誉ないし信用を毀損する誹謗中傷、差別的記載がある。特に、名誉ないし信用を毀損するのは、以下の部分である(以下、各報告書の後に記載する番号は別紙一0ないし一二のものである。)。

(1) A報告書13

「第三国人としての立場を利用して巧みに儲けを続けてきた」との記載(以下「第三国人という言葉を含む記載」という。)は、在日朝鮮・韓国人に対する最大の差別的表現であり侮辱である。「第三国人」という言葉は、元々当事国以外の国に所属する人間という意味ではあるが、第二次大戦後の日本では、植民地統治下にあった朝鮮・韓国人、台湾人を他の外国人と区別し分類する言葉として使用され、次第に在日朝鮮・韓国人に対する差別、非難の言葉として使用されるようになった。それ故、第三国人という言葉を含む記載により、右記載の指し示す原告甲野春子こと甲野春子(以下「原告春子」という。)、及び同原告が経営する原告会社の名誉は著しく毀損された。

(2) 右(1)以外の記載部分

(ア) 原告会社関係

A報告書2、10、11、13(ただし、第三国人という言葉を含む記載以外の記載部分。以下、単に「A報告書13」というときは、第三国人という言葉を含む記載を除いた記載部分を指す。)、16、17

C報告書7

右記載部分により、原告会社が、手段を選ばぬ悪どい商売をし、経営状態は損益分岐点以下で不振であり、これを狡猾な経理操作で隠蔽するも、対外的信用が低く、同社との取引には十分な警戒が必要であると描かれているのは、原告会社の名誉と信用を毀損するものである。

なお、A報告書11、13は、原告会社と京都市中京区<住所省略>に所在した訴外N産業株式会社(以下「訴外N産業」という。)を混同し、訴外N産業に関係する本社の売却、税務署の差押え等を原告会社に関するものとして記載している点及び原告会社の資産、業績の過少評価の点が、原告会社の名誉・信用を毀損するものである。

(イ) 原告春子関係

A報告書13、20

B報告書10

右記載部分により、原告春子が、裏金を動かす金融業をして生活し、家賃を支払わぬ金に汚い人物であり、同原告に頭の上がらない原告一郎をして訴外Lから金を引きだそうとしている人物として描かれているのは、原告春子の名誉を毀損するものである。

(ウ) 原告一郎関係

B報告書1、2、4ないし7、9、10

C報告書8

右記載部分により、原告一郎が、仕事の能力がなく、母に頭の上がらないボンボン育ちであり、口先だけで女性を口説き、その女性の経済力におんぶされて行動する女たらしであり、訴外Lを甘言をもって籠絡し、その財産を食いつぶそうとしている人物として描かれているのは、原告一郎の名誉を毀損するものである。

3  被告らの故意・過失

(一) 被告丁沢らは、本件文書が原告らの名誉ないし信用を毀損することを知りながら、共謀のうえ、本件文書を疎明資料として裁判所に提出した。仮に、同被告らに故意・共謀がなかったとしても、未必の故意があったことは明らかである。

(二) 被告夏子は、A、Bの各報告書が原告らの名誉ないし信用を毀損することを知りながら、被告三郎は、C報告書が原告一郎の名誉を毀損することを知りながら、右各報告書を被告丁沢らに交付した。

なお、被告夏子は、被告旅館丙山の代表取締役であり、その職務を行うについて右行為をしたものである。

(三) 被告興信所は、本件文書が裁判の証拠その他に使用されることを知り、又は知りうべきであったのに過失により知らずして、本件文書を依頼者に交付したものである。

仮に、交付時に故意、過失が認められないとしても、被告興信所は、その後被告丁沢五郎の依頼により、本件文書と作成者名を裁判所に提出提示することに承諾したのであるから、本件文書が第三者の目に触れて、内容が伝播することを容認していた。

4  損害

原告らは、自己と関係ない訴訟において、本件文書により、いわれなき誹謗中傷を受け、それらが裁判所という公的機関に長期間保存されることで耐えがたい苦痛を感じている。右精神的苦痛は金銭では慰藉しがたく、それぞれ金一億円でも少ない程である。

よって、原告らは、被告らに対し、不法行為による現状回復請求権(名誉回復請求権)に基づき、請求の趣旨1ないし3項の謝罪文書の交付を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して各慰謝料一000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である、被告旅館丙山、同夏子、同三郎、同丁沢らにおいては昭和六0年八月一七日から、被告興信所においては昭和六0年八月一八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告丁沢ら)

1 請求原因1の事実はすべて認める。

2 同2について、(一)、(二)の各事実及び(三)のうち、原告ら主張の記載が本件文書にあることは認めるが、それらが原告らの名誉・信用を毀損することは否認する。

「第三国人」という言葉は、蔑称や差別用語ではないし、「第三国人としての立場を利用して巧みに儲けを続けてきた」との記載も、日本人の商習慣やしがらみ等から離れて自由な立場から商活動を継続してきたと解する他なく、どちらも原告らの名誉・信用を毀損するものではない。

3 同3(一)、4の各事実は否認する。

(被告旅館丙山、同夏子、同三郎)

1 請求原因1の事実はすべて認める。

2 同2について、(一)、(二)の各事実及び(三)のうち、原告ら主張の記載が本件文書にあることは認めるが、それが原告らの名誉・信用を毀損することは否認する。

同報告書の記載内容が、これを読む者をして原告らを誹謗中傷し、その悪性を印象づけて原告らの名誉を毀損しようとする文書であるとは断定し得ないものであり、「第三国人」なる記載が、直ちに在日韓国人全体に対する差別的、侮蔑的表現であるとはとうてい断定し得ない。

3 同3(二)の事実は否認する。

被告旅館丙山の関係者は、後記三1(一)のとおり、訴外Lや訴外O港湾従業員の一連の行動からみて、訴外Lが被告旅館丙山の使用する土地建物等の共有持分権を訴外O港湾に譲渡することが考えられたので、旅館業への打撃を防ぐため、被告丁沢らに処置を委任し、本件文書を、資料として同被告らに預け、その結果、被告旅館丙山は、同被告らの指導で本件仮処分申請をすることになったが、被告夏子らが右報告書を同弁護士らに預けることや本件仮処分を申し立てるに至ったこと自体何らの非違もない。

そして、本件文書が裁判所に疎明資料として提出されているが、被告夏子及び同三郎は、このことを知らず、右提出行為はあくまで代理人となった被告丁沢らの判断でなされたものである。

したがって、被告夏子、同三郎には、原告らの名誉・信用毀損について、故意・過失がなく、被告旅館丙山にも責任はない。

4 同4の事実は否認する。

(被告興信所)

1 請求原因1の事実はすべて認める。

2 同2(一)、(二)の各事実は知らない。

3 同2(三)のうち、原告ら主張の記載が本件文書にあることは認めるが、それが原告らの名誉・信用を毀損することは否認する。

「第三国人としての立場を利用して巧みに儲けを続けてきた」との文章の主語は、訴外甲野PことP(以下「訴外P」という。)であるから、原告らの名誉・信用を毀損することは有り得ないし、また、「第三国人」という言葉は、法令や公用文書でも使用され、今日報道機関でも用いられている言葉であるから、もともと差別用語ではない。

4 同3(三)の事実は否認する。

本件文書は、形式上企業信用調査結果の形態をとるものがあるが、調査依頼の趣旨及び目的は結婚調査であるから、特定の調査依頼者のみに対する回答であって、性質上公然性を有しないばかりでなく、被告興信所は、同夏子及び同三郎に対し、原告らの調査依頼を承諾する際、調査結果や作成した報告書の内容を第三者に漏泄したり公表したりしないこと、万一違約の場合は同人等において全責任を負うことを条件としたのであるから、右被告らが右約定に反し、本件文書を裁判の証拠等に使用することを予見することは不可能であり、仮に予見できたとしてもそれを防止する義務はない。また、被告興信所が、被告丁沢五郎の依頼により、本件文書と作成者名を裁判所に提出提示することに承諾したこともない。

以上のような事実関係のもとにおいては、被告興信所には他の被告らとの行為の共同はもとより、故意・過失も存在しないし、原告らの主張する名誉毀損による損害と、被告興信所の本件文書作成・交付との間に因果関係も存在しない。

三  抗弁

1  正当な弁護活動(被告丁沢ら、同旅館丙山、同夏子、同三郎)

(一) 被告夏子と訴外Lは、母である訴外亡Q(以下「亡Q」という。)から、被告旅館丙山使用の土地建物等を相続して、同旅館の経営を続けていたところ、訴外Lが、昭和五六年ころから右土地建物についての自己の二分の一の共有持分権(以下「訴外Lの共有持分権」という。)を被告旅館丙山に買い取るよう要求し、これと前後して原告一郎と結婚を前提に交際を深めるに至った。そして、訴外Lの要求に基づき、同人の代理人と被告旅館丙山の代理人が共有持分権の買収について協議していたが、買収価格について合意できずにいたところ、訴外Lは、昭和五七年一0月になって突然に、被告旅館丙山に株券の発行を要求したり、同社の株式を原告一郎が役員を勤める訴外O港湾に譲渡した旨の通知をしたりした。さらに、同年一一月になると、訴外O港湾関係者が、二度にわたって被告旅館丙山を訪れ、威圧的態度で株券の交付や議事録類の閲覧等を強要したので、警察官が来る騒ぎとなった。

右過程において、被告旅館丙山の関係者は、訴外Lや訴外O港湾従業員の一連の行動からみて、訴外Lの共有持分権が訴外O港湾ないしその関係会社に譲渡ないし名義変更され、旅館業の廃業等を要求されるのではないかと考え、被告丁沢らに処置を委任し、被告興信所に作成させた本件文書を、資料として被告丁沢らに預けた。その結果、被告旅館丙山は、同被告らの指導で本件仮処分申請をすることになった。

(二) 被告丁沢らは、本件仮処分申請をするにあたり、仮処分の対象が、京都市内にある相当高価な旅館の土地建物であり、かつ、完全な所有権ではなく共有持分権であるから、処分可能性は相対的に低いのに、それが可能であること、また、共有持分権者が未だうら若き独身女性である訴外Lであり(昭和三二年七月一二日生まれ、当時二五歳)、かかる女性がその共有持分権の譲渡が容易にできること、そして、予想される譲渡先が被告旅館丙山の営業にとって不都合であることの疎明が保全の必要性を根拠づけるために必要であると考えた。そこで、本件文書が、訴外Lには親密な関係を有する男性が存在すること、その男性は複数の会社の経営に関与しており、資金力及び人的組織を有していること、右会社は旅館営業とは無関係な土砂採取業等を営んでいることをそれぞれ示しており、右譲渡可能性と譲渡による被告旅館丙山への打撃を疎明するには最適であった。しかも、他の疎明資料としては、被告旅館丙山関係者等申請者側の断片的な推測にわたる陳述書等しかなく、それらは具体性や全体像の把握において本件文書に劣るものであったから、本件文書は、保全の必要性の疎明資料として必要不可欠であった。

(三) 右観点にたって、被告丁沢らは、本件文書を裁判所に提出したのであって、本件文書提出行為に、原告らを中傷する目的やその名誉を害する意図があったわけではないし、内容・方法が著しく適切さを欠き、社会的に許容される範囲を逸脱したことが明らかな場合でもないから(本件文書には、疎明に不要な部分もあるが、文書全体の理解や訴訟の進展による必要性の変化の可能性からして、必要、不必要を含めた文書全体を書証として提出することは民事訴訟一般にいえることである。)、正当な弁護活動として、違法性が阻却されるべきである。

2  真実性(被告興信所)

(一) 本件文書に記載されている事実は、概ね真実であるから、不法行為たる名誉毀損は成立しない。具体的には以下のとおりである。

(二) 原告会社関係

(1) A報告書2、10

原告会社の取引先等の側面調査による情報に基づいて記載されたものであり、事実及び評価に誤りはない。

なお、京都新聞発行「滋賀年間1982版」及び「滋賀年間1987版」の代表企業・工場・著名人の名簿一覧には、原告会社や原告等は載っていない。

(2) A報告書11、13

原告会社と訴外N産業は、法形式上区別できるが、度々同一時期に同一人物が代表者を兼任しており、無関係ではないし、両社が同族会社であったことは明白である。

(3) A報告書16、17

記載の事実は、原告会社の取引先及び社員等から聞き取った情報を基にしたものであり、真実である。

(三) 原告春子関係

(1) A報告書13

原告春子の不動産は、実際に、市税滞納等により所轄の行政庁より再三再四差し押さえられた経緯があり、また、私人による仮差押え・仮処分等も多数存在したのであるから、A報告書13にある原告春子関係の記載は、概ね真実である。

(2) A報告書20

側面調査の結果を記載したものであり、原告春子が、実子である原告一郎より自宅の敷地を、夫の訴外Pより自宅家屋を、それぞれ処分禁止の仮処分をされた経緯があることも考慮すると、A報告書20の記載は真実であるといえる。

(四) 原告一郎関係

被告興信所は、公表されている文書(例えば企業年鑑等)、閲覧可能な文書(例えば、法人登記簿、不動産登記簿、各種許可申請書中閲覧に供されている文書等)及びいわゆる聴き込みにより収拾された資料に基づき、原告一郎に関する記載をしたのであり、調査当時右記載の事実及び風評が存したことは明白であり、右記載は概ね真実である。

四  抗弁に対する原告らの認否及び主張

1  抗弁1のうち、(一)の事実は不知、(二)の事実は否認し、(三)は争う。

被告丁沢らは、本件文書に「秘密厳守」の記載があるのに、被告興信所の了解を取らずに疎明資料として裁判所に提出したこと、右提出の際、被告丁沢らは本件文書の作成名義を秘匿し、本件仮処分決定の異議訴訟においても、同様であったこと(民訴規則三九条違反)、本件文書の立証趣旨が同被告ら主張のようなものなら、原告会社の商業登記簿謄本を提出するだけで充分であったことなどの事情に照らすと、同被告らは、本件文書が後記2のとおり記載内容がすべて虚偽であり、本件仮処分申請の疎明資料としては提出の必要が絶無又は極小であるにもかかわらず、原告らの悪性を立証するために提出したものといわざるを得ず、攻撃防御方法として許された範囲を明らかに逸脱しており、正当な弁護活動とはいいがたい。

2  抗弁2の事実はすべて否認する。

別紙一0ないし一二の記載は、すべて虚偽である。具体的には以下のとおりである。

(一) A報告書2、10

原告会社は、波はあっても常に健全経営であり、県内でもトップクラスの優良会社である。

(二) A報告書11

原告会社は、明治四二年訴外Rが創立し、昭和二七年原告春子が代表取締役に就任して株式会社として発足し、現在に至ったもので、訴外T(以下「訴外T」という。)や訴外N産業とは全く別の法人であり、京都市北区<住所省略>の居宅も原告春子が個人資金で購入したものであって本社の売却、税務署の差押え等とは無関係である。

(三) A報告書13

原告会社は、設立当初から大津市に本社をおいており、訴外N産業と同一の本社を京都においていた事実はなく、ビロード生地の販売、金融、その他有利なものは何でも取り扱っていたこと、税務署等による差押え、不動産の売却等は、訴外N産業に関することであって、原告会社及び同春子には関係がない。また、原告会社は、現場事務所の建物を所有し、業績も、最近五年間は年約一億円程度の経常利益を計上し、設備にも最近五年間で約七億五000万円を投資しており、同春子は京都市北区<住所省略>の土地約二八0坪、建物約一00坪分を所有しており、原告会社及び同春子の資産・業績に関する記載は誤りである。

(四) A報告書16

原告会社の生産原価には、傭車料、修繕費、労無賃、再取料、原価償却費、消耗工具類等が主たるものであり、販売管理費として、総売上げの一八パーセント程度が計上されている。なお、社長個人の船舶所有は全然無く、原告会社からその賃貸料が支払われた事実はない。

(五) A報告書17

原告会社は、訴外滋賀商銀とは取引関係がないし、設備機械の補修及び新規購入に年間約五000万円程度を要し、減価償却引当金として年間約一000万円以上を計上している。したがって、取引に関して十分な警戒を要するとあるは全く事実無根である。

(六) A報告書20

原告春子は、訴外N産業の代表者になったことはないし、訴外Tと結婚したこともない。同人は、原告春子の長男であり、立命館大学ではなく、同志社大学の卒業である。また、原告春子は、過去現在に至るまで表面に出た事業以外で収入を得たことはなく、現在でも原告会社の総括責任者として事業の第一線で活躍しており、資産も前記(三)のとおり、不動産を所有し、かつ、本人名義で登記をしており、はっきりと表面に出た資産を有している。さらに、原告春子には、マンション家賃不払・立退問題といったものはなく、性行が狡猾、守銭奴というのも全く正反対である。

(七) B報告書1、2、4ないし7、9、10

記載のような事実は一切ない。原告一郎は生真面目な性格である。

(八) C報告書7

記載のような事実はない。

(九) C報告書8

原告一郎の出生地は日本であり、韓国出身ではないし、大学には進学していない。同人の父は訴外Pであり、訴外Tは兄である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因2について

1  同2(一)、(二)の事実は、原告らと被告S興信所を除くその余の被告らとの間では争いがなく、原告らと被告S興信所との間では、右事実から、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  同2(三)のうち、原告ら主張の記載が本件文書にあることは、当事者間に争いがない。

3  そこで、本件文書のうち、原告ら主張の記載が原告らの名誉ないし信用を毀損するかについて判断する。

(一)  第三国人との言葉を含む記載

原告らと被告丁沢ら間で成立に争いがないから他の被告らとの関係においても成立を認める丙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、一般に権威あるとされる複数の国語辞典には、「第三国人」という言葉の意味について、関係国以外の国の人、第二次大戦後の占領時代に、かつてわが国の統治下にあった諸国の国民(朝鮮人・台湾人)に与えられた名称等と記載されていることが認められ、原告らも認めるように、本来の意味では差別用語とまではいいがたい。しかしながら、<証拠>によれば、著名な政治家、評論家、経営者、漫画原作者等が、国会や公刊雑誌上で、「第三国人」という言葉をわが国で第二次大戦後に出現した闇市と関連づけ、かつ、「第三国人が闇市を支配していた」という文脈で使用している例があり、そのうち何人かは関係者からの抗議により謝罪の趣旨の広告をしていることが認められ、「闇市支配」という言葉が与える印象、それに込められる意味あい、その時代背景等からすると、「第三国人」という言葉が、それ自体として直ちに差別用語と断定できるかは漸く措くとしても、「闇市支配」に関連づけられることにより、暗いイメージを社会に流布させ、少なからざる読者をして拒絶反応を抱かせるほどであることを認めることができる。

これを本件についてみるに、前記1の争いのない事実に後記三2(二)で認定した事実、<証拠>によれば、第三国人との言葉を含む記載は、昭和二一年一一月から同二七年二月までの記述とされており、闇市が横行した時期とほぼ一致すること、右の他A報告書には、長所・短所・結論との欄に、「狡猾な仕振りで当社は、尚に筒一杯の内容に置かれて居り、取引に関しては充分な警戒が、必要と思料される。」との記載があること(A報告書2)、A報告書が提出された本件仮処分手続には、原告春子の二男である原告一郎が代表取締役を勤める訴外O港湾の従業員が、被告旅館丙山に対し、株券の発行等を強要し、威圧的な態度で大きな声を出してすごんだ旨の主張及び疎明がなされていること、原告春子及び訴外VことV(以下「訴外V」という。)は、第三国人との言葉を含む記載を読み、ゆすり、たかり、詐取、いやがらせ等を利用して原告らの家族が生きてきたと記載されているとの印象を受け、在日朝鮮・韓国人に対する最大の侮辱と感じていること、第三国人との言葉を含む記載について、京都地方法務局人権擁護課が被告興信所関係者を呼んで事情聴取をしていることが認められ、右認定のような、A報告書13の文脈、A報告書の他の記載内容、本件仮処分手続における主張及び疎明内容、原告らの受けた印象・感想、関係官庁の対応等を総合すると、第三国人との言葉を含む記載は、前段で述べたような暗いイメージを伴う使用例につながり、読む者をして原告ら家族及びその経営する原告会社が、非合法である闇市を支配するような反社会的な方法により、利益をあげてきたとの印象を与えかねないのであって、原告春子及びその経営する原告会社の名誉を毀損するものと認めるのが相当である。

被告らは、「第三国人」という言葉は、蔑称や差別用語ではないとし(被告興信所は、根拠として、法令や公用文書でも使用され、今日報道機関でも用いられていることをあげる。)さらに、被告丁沢らは、「第三国人としての立場を利用して巧みに儲けを続けてきた」との記載も、日本人の商習慣やしがらみ等から離れて自由な立場から商活動を継続してきたと解する他ない旨主張する。しかしながら、前記のとおり、「第三国人」という言葉は本来の意味では差別用語とまでは言いがたいけれども、その後「闇市支配」との関連でその意味するところは変化してきており、「第三国人としての立場を利用して巧みに儲けを続けてきた」との記載全体が問題になる以上、「第三国人」という言葉だけが本来的に差別用語ではないとしてもそのことによって直ちに原告らの名誉を毀損することにはならないと断定することはできず、また、右記載全体について、被告丁沢らの主張のようにしか解することができないわけではないことは、前記認定の事実からも明らかであって、被告らの右主張はいずれも採用できない。

さらに、被告興信所は、第三国人との言葉を含む記載の主語は、訴外Pであるから、原告らの名誉・信用を毀損することは有り得ないとも主張するが、A報告書を見るかぎり、右記載の主語が訴外Pであるとは断定できないばかりか、A報告書は原告春子を代表者とする原告会社の調査報告書として作成されたものであり、原告会社の既往の業績欄に右記載を掲載しているうえ、訴外Pとその家族を「代表者一家」として一体のものとしてみなし、訴外P設立の訴外N産業と原告会社を同族経営の関連会社として扱っているのであるから、第三国人と言葉を含む記載は、原告らとまったく無関係に記載されたものであるとはとうていいいがたく、むしろ、原告らと極めて密接に関連するものとして記載されたといえるから、この点についての被告興信所の主張も採用できない。

(二)  (一)以外の記載部分

(1) 原告会社関係

A報告書2、10、11、13、16、17及びC報告書7の記載中には、原告会社の沿革や業績について、同社が、訴外N産業の実質上の支店として設立されたものであり、工場閉鎖代表者の内紛・派手な生活振り、税務署等の不動産差押、手形・小切手の不渡り事故の発生等により消滅した訴外N産業の関連会社であったこと、経営状態について、原告会社が、オイルショック以後業績が伸び悩み、現在も横這い状態で、決算上損益分岐点以下であり、子会社的存在の訴外O港湾を使って税務操作をなし、不動産や設備機械に見るべきものを持たず、業界の地位は、全国及び当地とも九段階評価(A、A'からEまで)中C'ないしDランクで、対外的信用も低く、取引に関して十分な警戒が必要な対象であるとの部分が存在するが、右記載は、これを読む者をして、原告会社が業績不振で不正行為をも行う不良会社であるとの印象を与えるものであるから、その限りにおいて原告会社の名誉及び信用を毀損するものと認めるのが相当である。

A報告書にある、右記載以外の原告会社関連記載は、原告会社の役員名、従業員数、細々とした設備、事業内容等に関するものであり、読む者の印象を考えても、原告会社の名誉及び信用を毀損するものと認めるに足りず、B、Cの各報告書には、右記載以外に原告会社関連記載は存在しない。

(2) 原告春子関係

A報告書20及びB報告書10の記載中には、原告春子が、近年原告会社の経営の表面に出ることはなく、資産を表に出さず、隠し預金を動かして生活する金利生活者であり、居住マンションの家賃を支払わず、狡猾・守銭奴と呼ばれるしたたかな人間であるとの部分が存在するが、右は、読む者をして、原告春子が蔭で不正行為を行う性格不良の悪人であるとの印象を与えるものであるから、その限りにおいて、原告春子の名誉を毀損するものと認めるのが相当である。

右記載のほか、本件文書には、原告春子の名誉を毀損すると認めるに足る記載はない。

(3) 原告一郎関係

B報告書1、2、4ないし7、9、10の記載中には、原告一郎が、幼少の頃から母親に溺愛されたいわゆるボンボン育ちで、現在も母親に頭が上がらず、資産を有せず、会社経営能力にも欠ける一方で、いわゆるプレーボーイの素養に富み、異性を籠絡する手練に長け、訴外Lを籠絡し、同棲の後、同人に経済的におんぶされて、同人と共に市内を転々とする住居不定の生活をしており、交際については最も警戒を要する人物であるとの部分が存するが、右は、読む者をして、原告一郎が未熟で経済力も乏しい、好色の好ましからざる人物であるとの印象を与えるものであるから、その限りにおいて、原告一郎の名誉を毀損するものと認めるのが相当である。

右記載のほか、本件文書には、原告一郎の名誉を毀損すると認めるに足りる記載はない。

(三) そして、本件文書は、前記1のとおり仮処分手続の疎明資料として裁判所に提出されているところ、一般に仮処分申請事件においては、裁判を決定で行う場合でも、口頭弁論が開かれる場合があるうえ(民訴法七五六条、七四二条一項、一二五条一項ただし書)、決定に対しては異議の申立ができ、右異議訴訟は必ず口頭弁論を開かなければならないのである(同法七五六条、七四五条、一二五条一項本文)から、ある書類が仮処分申請事件の疎明資料として裁判所に提出されることによりその内容が第三者に伝播する可能性があるといえ、名誉毀損の前提たる公然性があると解するのが相当である。

三抗弁1(正当な弁護活動)について

1  被告丁沢ら、同旅館丙山、同夏子、同三郎は、被告丁沢らが本件文書を裁判所に提出したのは、正当な弁護活動であるから、違法性が阻却されるべきであると主張するのに対し、原告らは、同被告らは専ら原告らの悪性を立証するために提出したもので、攻撃防御方法として許された範囲を明らかに逸脱しており、正当な弁護活動とはいえないと抗争する。

そもそも、弁論主義・当事者主義を基調とする民事訴訟法の下では、判決手続はもちろんのこと、決定手続においても、当事者が忌なく主張・立証・疎明をつくしてこそその目的を達しうるものであり、判決・決定手続における主張・立証・疎明活動は、いずれも一般の言論活動以上に強く保護されねばならず、特に民事における判決・決定手続は、私人間の紛争の終局的ないし付随的・暫時的解決の場であり、利害関係や個人的感情が鋭く対立する事項を対象とすることは法の予定するところであり、当事者の主張・立証・疎明活動が、客観的には他人の名誉を毀損している場合であっても、右活動の行き過ぎは、通常は、対立当事者側の反論並びに裁判所の訴訟指揮及び証拠・疎明資料の不採用決定によって是正されるものであるから、かなり広い範囲で正当な活動として違法性を阻却されるべきものと解すべきであり、右解釈は当事者の代理人である弁護士の活動にも、程度の差はあれ同様にあてはまるというべきである。しかしながら、強く保護を受けるべき当事者及びその代理人である弁護士の主張・立証・疎明活動といえども、当初から対立当事者側の名誉を毀損するという目的を有し、あるいはそのような意図がなくとも、主張・立証・疎明活動の表現内容・態様・方法、表現内容の真実性、主張内容との関連性、他のより名誉毀損に当たらない証拠・疎明資料による代替性等を総合判断して、社会的に許容される範囲を逸脱したことが明らかであると認められるような場合には、もはや内在的制約を越えた違法なものであって、違法性は阻却されず、不法行為責任を免れないものと解すべきである。

2 右見解のもとに、まず、本件文書提出の経緯についてみると、前記一、二の判示事実に<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告夏子と訴外Lは、二人姉妹であり、被告旅館丙山の先代女将である亡Qの死後、同社の使用する土地建物等を相続して旅館経営を続けていたところ、訴外Lが、昭和五六年ころから同人の共有持分権の買収を被告旅館丙山に要求し、これと前後して原告一郎と結婚を前提に交際を深めるに至った。そして、翌昭和五七年一月一六日、被告旅館丙山の関係者と訴外Lとの間で、訴外Lの共有持分権の買収問題が協議され(以下「昭和五七年一月一六日の協議」という。)、被告旅館丙山の顧問税理士である訴外和田茂男税理士(以下「訴外和田税理士」という。)は契約書案まで用意したが、調印には至らなかった。その後、訴外Lの代理人である訴外川瀬久雄弁護士(以下「訴外川瀬弁護士」という。)と被告旅館丙山の代理人である訴外和田税理士ないし被告丁沢らとが共有持分権の買収について協議し、鑑定までしたが、買収価格について合意できずにいたところ、訴外Lは、同年一0月になって突然に、被告旅館丙山に株券の発行を要求したり、同社の株式を原告一郎が役員を勤める訴外O港湾に譲渡した旨の通知をしたりした。さらに、同年一一月になると、訴外O港湾の経理部長である訴外島田勇紀夫等二名が、二度にわたって被告旅館丙山を訪れ、威圧的態度で株券の交付や議事録類の閲覧等を強要したので、警察官が来る騒ぎとなった。

A、Bの各報告書は、右過程において、訴外Lの母親代わりの被告夏子が、訴外Lの結婚問題を考えて、原告一郎と同原告が役員をしている原告会社の調査を被告興信所に依頼し、作成させたものであり、C報告書は、同じく右過程において、被告三郎が、家族的な同族会社である被告旅館丙山の株式が第三者に譲渡されて同社の経営に影響が出るのを心配して、訴外O港湾の調査を被告興信所に依頼し、作成させたものであるが、被告旅館丙山の関係者は、訴外Lや訴外O港湾従業員の一連の行動からみて、被告旅館丙山の使用する土地建物等の訴外L共有持分権が訴外O港湾ないしその関係会社に譲渡ないし名義変更され、旅館業の廃業等を要求されるのではないかと考え、被告丁沢らに処置を委任し、本件文書を、参考資料として同被告らに預けた。その結果、被告旅館丙山は、同被告らの指導で本件仮処分申請をすることになった。

(二)  被告丁沢らは、昭和五七年一一月一三日、京都地方裁判所に対し、被告旅館丙山を申請人、訴外Lを被申請人とし、同人の共有持分権について、処分禁止の仮処分を申請し(昭和五七年(ヨ)第九0二号)、被保全権利として昭和五七年一月一六日の協議によって成立した共有持分買取請求権を、保全の必要性として訴外Lから原告一郎をはじめその関係者へ、訴外Lの共有持分権の譲渡が十分予想されること、右譲渡がなされれば被告旅館丙山による買取は困難になるうえ、いやがらせ等により旅館経営に支障が出ることをそれぞれ主張し、保全の必要性に関する疎明のため、以下の内容の資料を裁判所に提出した(以下は、すべて疎甲号証である。)。

(1) 第七号証(訴外Lから被告旅館丙山宛昭和五七年一0月二九日付け内容証明郵便)

訴外Lが訴外O港湾に対し、内容証明郵便の日付期日に、自己所有株式を譲渡した旨の通知書である。

(2) 第八号証(被告旅館丙山代理人被告丁沢らから訴外O港湾宛同年一一月一日付け内容証明郵便)

訴外Lからの株式譲渡は、株券発行前のものなので無効である旨の通知書である。

(3) 第九号証(被告旅館丙山の同年一一月五日付け臨時株主総会議事録)

被告旅館丙山の臨時株主総会で、株式譲渡には取締役会の承認を要する旨の定款変更決議をしたとの議事録である。

(4) 第一0号証の一(C報告書)、同二(B報告書)、同三(A報告書)

ただし、京都地方裁判所担当裁判官に原本が提示されたが、裁判所に保存される写しとしては、原本から作成名義(被告興信所)を削除してある。

なお、被告丁沢らは、本件文書を裁判所に提出するについて、事前に被告旅館丙山、同夏子、同三郎及び同興信所らの承諾をいずれもとっておらず、自らの判断で提出した。

(5) 第一二号証の一(被告夏子の報告書)

前記一の、仮処分に至る経過が詳細に記載されていると共に、もし訴外Lの共有持分権が譲渡されれば旅館業は廃業必至であるとの記載がある。

(6) 第一二号証の三(被告旅館丙山に長年勤務している同旅館取締役兼支配人の訴外田中泰雄の報告書)

前記(一)のうち、同年一一月に、訴外O港湾の経理部長である訴外島田勇紀夫等二名が、二度にわたって被告旅館丙山を訪れ、威圧的態度で株券の交付や議事録類の閲覧等を強要し、警察官が来る騒ぎとなった経過が詳細に記載してある。

(三)  京都地方裁判所裁判官は、昭和五七年一一月一五日、被告旅館丙山の申請を認容し、本件仮処分決定をなしたが、被申請人訴外Lは、訴外川瀬弁護士を代理人として、翌五八年二月三日、仮処分異議の申し立てをし(昭和五八年(モ)第一八六号)、京都地方裁判所は、一二回の口頭弁論期日の審理を経て、翌五九年九月二六日、本件仮処分決定を取り消す判決をなした。右審理中に、訴外川瀬弁護士から、本件文書の作成者は誰であるか、A、Bの各報告書は立証趣旨に関係ないのではないか(被告丁沢五郎が、本件文書の立証趣旨が株式譲渡先関係者の業種である旨主張していた。)等の求釈明が出されたので、被告丁沢らは、本件文書の作成者が被告興信所であること、A、Bの各報告書は株式譲渡先の代表者及び関連会社に関する報告書であり、立証趣旨に関連性があること等の釈明を行った。なお、被告丁沢らは、仮処分異議訴訟中に代理人を辞任している。

(四)  その後、被告旅館丙山は、本件仮処分決定取消判決に対し控訴したが、翌六0年三月二九日、本件仮処分申請を取り下げた。

3  次いで、本件文書中の名誉毀損記載部分の真実性ないし公正な論評性について検討する。

(一)  第三国人との言葉を含む記載

右記載が、真実であると認めるに足りる証拠は全くない。

(二)  原告会社関係

(1) A報告書11、13

A報告書11、13中には、訴外N産業が、工場閉鎖、代表者の内紛・派手な生活振り、税務署等の不動産差押え、手形・小切手の不渡り事故の発生等により消滅した旨の記載があるところ、<証拠>によれば、A報告書の作成は被告興信所従業員であった訴外中西和之(以下「訴外中西」という。)が担当したこと、訴外中西は、従前から被告興信所にあった原告会社の調査報告書(以下「既調」という。原告会社は、昭和四五年三月三一日、訴外N産業と同じ「N産業株式会社」との商号を、現在の商号に変更しており、既調は商号変更前のものである。)を引用してA報告書11、13の大部分を記載したが、原告会社の不動産については、法務局で不動産登記簿を調査して、A報告書の不動産表を作成していること、右不動産表には、もと訴外N産業の所有地であった京都市南区<住所省略>及び同伏見区<住所省略>の各土地(A報告書で、訴外N産業のブロック工場所在地とされている所である。)が、昭和五一、二年に公売により所有名義が変わった旨記載されていること、訴外N産業の代表取締役は、もともと訴外Pであったが、昭和四二年一二月一日から同四七年二月二四日まで、訴外Pと原告春子(共同代表)、原告春子、訴外P、原告春子、訴外T、原告春子、訴外Tの順で度々変更され、右期間中には代表取締役の登記がない時期もあったこと、右代表取締役の変更は、訴外Pと原告春子の離婚に際しての財産整理についての争いが原因であったこと、右争いは双方譲らず、訴外Tに会社経営権を譲ることで漸く解決したこと、右争いに関し、昭和五0年四月一九日訴外Pから、同五四年七月二五日原告一郎から、それぞれ原告春子所有の不動産(京都市北区<住所省略>の土地建物)に対し、処分禁止の仮処分がなされていること、右不動産には同じ頃、原告春子の税金滞納等により、京都市や訴外株式会社第一銀行から度々仮差押え・差押えがなされていること、訴外N産業は、昭和五四年一二月二日、訴外Tの経営不振等により解散したことが認められ、右事実によれば、前記記載は、細部において問題はあるものの、概ね真実と認めるのが相当である。

また、A報告書11、13中には、原告会社が訴外N産業の関連会社であった旨の記載(「N産業株大津支店としての役目で設立」「昭和四七年一二月・・中略・・業務全般を大津市のM株に移譲した。其の頃より・・中略・・M株を増資及び設備増強と資金を投下した。」「なお、当社設立以来内容では、京都のN産業株と同一本社が京都で、M株は大津支店とも云える内容であった。」の他、原告会社の沿革、既往の業績欄に訴外N産業のそれを記載すること自体、原告会社が訴外N産業の関連会社であったと印象づける記載である。)があるところ、右個々の記載については、これを真実と認めるに足りる証拠はないものの、本節前段で認定した事実の他、原告らと被告興信所との間で成立に争いのないからその余の被告らとの間でも成立の認められる乙第七ないし第三一号証、証人Vの証言、原告春子本人尋問の結果及び弁論の前趣旨によれば、訴外N産業は、昭和二一年一月一九日、訴外Pが○○商事株式会社の商号で設立し(同三三、四年ころに商号変更した。)、以来訴外Pが経営にあたってきたが、原告春子も個人の資本を投下し、経営の手伝いをしていたこと、原告春子は、訴外Pとの離婚に絡んでではあるが、同四0年以降、平取締役、共同代表取締役、代表取締役、監査役に就任していること、訴外Tは同四二年以後平取締役、代表取締役に就任していること、右三名以外に訴外N産業の代表取締役に就任したものはいないこと、一方、原告会社は、同三三、四年ころ、原告春子が第三者から買収し、以来同原告が経営にあたってきたが、訴外Pも、同四0年から四四年にかけて、共同代表取締役、代表取締役、平取締役に就任していること、訴外Tは同四四年に、代表取締役、平取締役に就任していること、原告一郎は同四四年以後監査役、代表取締役、平取締役に就任していること、右四名以外に訴外N産業の代表取締役に就任したものはいないこと、設立初期には訴外N産業との取引もあったことが認められ、右のとおり、実質上の役割はともかくとして、形式上は両者とも甲野家の家族で役員の中心が占められ、しかも役員になった者が重なっているうえ、両社は過去に取引関係があり、原告春子から訴外N産業への経営協力及び投資があったことに照らすと、両社が関連会社である旨の前記記載をもって、真実と異なるものであるとまでは、いいがたい(なお、証人V及び原告春子本人は、両社が無関係であった旨供述しているが、それは、訴外N産業の実質的な中心が訴外Pであり、原告会社の実質的な中心が原告春子であるとの点に重点を置いた供述であり、必ずしも右認定と矛盾するものではない)。

さらに、A報告書13中には、原告会社の近年の業績・資産として、「オイルショック以降の建設ブームの鈍化より一進一退の内容も推移し今日に至っている。」「現在では、M産業株・・中略・・の名義の不動産も見当たらないが」「M株近年の業績は上掲の通りで業績は伸悩み、利益も人件費の増高と燃料費の値上がり、収支一杯で終わっている。」との記載があるところ、原告会社名義の不動産がないとの記載については、証人中西和之の証言および弁論の全趣旨によれば、不動産登記簿上は原告会社名義の不動産がないことが認められるから、右記載をもって直ちに真実と異なるものであるとはいいがたいが、原告会社の業績に関する記載については、証人中西和之の証言中には、訴外中西は、原告会社の当時の業績等については、原告会社を訪れ、同会社の関係者の一人に三0分程度面談したうえで記載をした旨の供述が存在するけれども、面談した関係者の名前、地位、立場の他面談内容が明らかでなく、前記V証言及び原告春子本人尋問の結果に照らしても右中西証言をもって直ちに右記載が真実であると認めるに足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(2) A報告書16

A報告書16も、原告会社の当時の業績を記載したものであり、A報告書13中の同種記載と同様に、前記中西証言をもって真実であると認めるに足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(3) A報告書17

A報告書17には、原告会社の資金繰り、不動産所有、設備機械の状況という事実の記載の他、「以上より取引に関しては十分な警戒が必要と思料される」との論評の記載がある。

まず、事実記載の点については、不動産所有がないとの点は、前記(1)に認定のとおり真実と異なるものであるとまではいえないが、資金繰りの点は、証人中西和之の証言中には、訴外中西は、訴外滋賀商銀等を訪れて調査したうえで記載をした旨の供述が存するけれども(調査の具体内容とされるのは、A報告書18である。)、訴外滋賀商銀の調査に応じた者の名前、地位、立場等が明らかでないうえ、その者が原告会社に了承を取らなかったこと及び詳細を話さなかったことは同証人も認めるところであって、原告春子本人尋問の結果等に照らしても、右記載を真実と認めるに足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に、論評の記載については、A報告書によると、最近の業況欄(最近月間平均収支状況、最近一か月間売上高趨勢表の他、同報告書14ないし17の記載がなされている。)の総まとめとして記載がなされていると認められるところ、前記(2)及び(3)前段に認定のとおり、同報告書16、17には、真実性の証明がなされない名誉毀損部分があり、右部分を除く残余記載のみでは、とうてい原告会社が「取引に関して十分な警戒が必要」な対象であるとの論評はできないから、前記論評は公正な論評とは言いがたい。

(4) A報告書2、10

A報告書をみると、同報告書2は、同報告書全体のまとめとしての原告会社の論評であり、同報告書10は、原告会社の業界での地位及び対外的信用に関する論評である。

まず、同報告書2については、前記(1)ないし(3)のとおり、同報告書に真実性の証明がなされない名誉毀損部分が多々存在し、それが全体のまとめの基礎となっているのであるから、公正な論評とはいいがたい。

次に、同報告書10のうち、原告会社の業界の地位の論評については、証人中西和之の証言によれば、訴外中西は、既調(原告会社の業界での地位をDと評価していた)を前提とし、自己の調査を加味して、既調の評価を半分上げたというのであるが、既調の評価の基準が明らかでない上、訴外中西の調査内容は疑問の残るものであり、また、原告会社の対外的信用度の論評についても、何を根拠にするのか不明であり、いずれも公正な論評とはいいがたい。

(5) C報告書7

C報告書7には、原告会社が子会社的存在の訴外O港湾を使って税務操作をなしている旨の記載がある。

まず、訴外O港湾が、原告会社の子会社的存在である旨の記載については、証人Vの証言、原告春子及び同一郎の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、訴外O港湾は昭和五一年原告一郎が原告会社から独立する形で設立されたがその本社事務所を原告会社の現場事務所内に設置し、船舶の修繕・貸出し等を業としながら、自己の船舶を所有せず、原告会社所有の船舶を第三者に貸出す等の仲介的な業務をしていたこと、訴外O港湾の役員は、原告会社のそれと重なり、原告春子も顧問的立場にあったこと、訴外O港湾が、昭和五四年に休眠後、訴外Lの有する被告旅館丙山の株式を取得するのに際し、原告春子も決定に関与していたことが認められ、右施設・業務・役員・意思決定等の事実によれば、法律的にはともかく、社会通念上は、訴外O港湾が原告会社の子会社的な存在であるとみられなくもないのであるから、前記記載が真実と異なるものであるとまではいいがたい。

しかしながら、原告会社が訴外O港湾を使って税務操作をなしている旨の記載については、被告興信所代表者尋問の結果中には、C報告書は、訴外永田昭蔵が調査・作成したものであること、同人は訴外O港湾の同業者や知り合い等の側面調査をしたとの供述が認められるが、側面調査の内容が明らかでないから、被告興信所代表者尋問の結果をもって直ちに右記載が真実であることを認めるに足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  原告春子関係

(1) A報告書20

A報告書20には、原告春子が、近年原告会社の経営の表面に出ることはなく、資産を表に出さず、隠し預金を動かして生活する金利生活者であり、居住マンションの家賃を支払わず、狡猾・守銭奴と呼ばれる人間である旨の記載があるところ、証人中西和之の証言によれば、訴外中西は、既調をほとんど援用して右記載をなしたというのであるが、既調の内容を真実であるとする根拠は明らかでなく、証人Vの証言及び原告春子の本人尋問の結果に照らしてもその内容は措信できず、結局右記載を真実と認めるに足りる証拠はない。

(2) B報告書10

B報告書10には、原告春子がしたたかな人間であるとの記載があるが、右記載が真実であると認めるに足りる証拠はない。

(四)  原告一郎関係

(1) B報告書1

B報告書1は、証人武内尚次の証言によっても、原告一郎の住民票の写しが取れないと考えたために右のとおり記載したものであるというのであって、これを真実と認めるに足りる証拠はない。

(2) B報告書2、4ないし7、9、10

B報告書2、4ないし7、9、10は、これを真実と認めるに足りる証拠はない。もっとも、証人武内尚次の証言及び被告興信所代表者尋問の結果によれば、訴外武内尚次(以下「訴外武内」という。)が、嘱託調査員として、被告興信所から、原告一郎の名前と住所だけを聞かされ、一人で結婚調査をしたこと、右調査は、図書館での他の興信所作成の調査報告書閲覧のほか、京都市左京区<住所省略>の原告一郎の居住マンション周辺、大津市<住所省略>の原告会社の営業所周辺及び被告旅館丙山の町内での通行人や居住者等一0数人への聞き込みがあったこと、訴外武内は、右調査に基づいて前記記載をしたというのであるが、図書館の調査報告書は、その作成興信所名が明らかでなく、どの程度信用が置けるものであるかも明確でないし、聞き込みの対象者一0数人も、一人として名前や原告らとの関係が明らかでなく、聞き込み内容にも風評が数多く含まれているのであるから、右証言等をもって直ちに前記記載が真実であること認めるに足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  以上の認定事実関係のもとにおいて、前記見解に照らし、被告丁沢らの裁判所に対する本件文書提出行為が正当な弁護活動として違法性を阻却するものであるか否かについて判断する。

(一)  まず、A、Bの各報告書については、前記二1、2及び三の2(二)、3の認定事実によれば、右各報告書には、原告らの名誉を毀損する部分が数多く存在し、その内容も原告会社の経営状態・資産等から、原告春子及び同一郎を人格的に非難する内容まで含み、その態様・方法も、表現内容の最終責任者たる作成名義を一時秘匿したものであり、仮処分の疎明資料の提出という形で、通常、異議訴訟になるまで相手方の反論ができない形をとっているうえ、名誉毀損部分の多くが真実であることを証明できない根拠薄弱なものといわざるをえない。さらに、右各報告書の他、前記2(一)、(二)の認定事実によれば、被告丁沢らが、本件仮処分申請に際し主張した保全の必要性を具体的に基礎づける事実は、訴外Lと原告一郎とが交際していたこと、訴外Lが、原告一郎が代表取締役を勤める訴外O港湾に対し、被告旅館丙山の株式を譲渡したこと、右株式譲渡をめぐっての被告旅館丙山と訴外O港湾との間でトラブルがあったこと、訴外O港湾の業種は原告会社と全く異なり、同族会社である原告会社の株主・不動産貸主になれば、原告会社の経営は混乱が必至であること等であり(以下「本件保全の必要性を具体的に基礎づける事実」という。)総じて原告一郎と訴外O港湾に関連する事実であるところ、A報告書は、原告会社及び原告春子を主たる対象にしたもので、原告一郎や訴外O港湾に関する記載はほとんどないし(A報告書3がほとんど唯一のものである。)、B報告書は、原告一郎や訴外O港湾に関する記載はあるものの、真実性の証明されない名誉毀損部分を除くと、原告一郎や訴外O港湾に関する具体的記載はほとんど残らないから、いずれも本件保全の必要性を具体的に基礎づける事実との関連性に大きな疑問が残るうえ、右関連性の点でいえば、疎甲第七ないし第九号証(前記甲第四一ないし第四三号証)、第一二号証の一、三(甲第四八、第五0号証)のように関連性がより深くより直接的な疎明資料が存在するのであって、このようなA、Bの各報告書における表現内容・態様・方法、表現内容の真実性、主張内容との関連性、他の疎明資料による代替性等を総合判断すると、右各報告書を疎明資料として裁判所に提出することは、弁護士として要求される慎重さを著しく欠いたものであり、社会的に許容される範囲を逸脱したことが明らかな活動であるというべきであるから、正当な弁護活動の内在的制約を越え、その違法性は阻却されないというべきである。

(二) 次に、C報告書については、同報告書の他、前記二の2、3及び三の2(一)、(二)、3の認定事実によれば、表現態様・方法について、A、Bの各報告書と同じようにいえるけれども、原告らの名誉を毀損する部分は一箇所であり、その内容も原告会社の経理に関する事項にとどまり、しかもその一部は真実性が証明されているといえる他、真実性の証明されない名誉毀損部分を除いても、原告一郎や訴外O港湾に関する具体的記載の大部分が残り、本件保全の必要性を具体的に基礎づける事実との関連性が肯定できるうえ、前記疎甲第七ないし第九号証、第一二号証の一、三や一般の商業登記簿謄本では代替できない種類の記載も含まれているのであるから表現態様・方法、表現内容の一部の真実性に問題が残るにしても、表現内容、主張内容との関連性、他の疎明資料による代替性等をも考察し、それを総合判断すると、C報告書を疎明資料として裁判所に提出することは、弁護士として慎重さを欠いたとまではいえず、社会的に許容される範囲を逸脱したことが明らかな活動であるとまではいいがたいから、正当な弁護活動の内在的制約の範囲内として、違法性が阻却されるというべきである。

(三)  よって、被告丁沢ら、同旅館丙山、同夏子、同三郎主張の抗弁は、A、Bの各報告書については、理由がなく、C報告書については理由があるといわねばならず、これに抵触する原告らの主張は採用することができない。

四抗弁2(真実性)について

1  被告興信所は、本件文書に記載されている事実が、概ね真実であるとし、不法行為たる名誉毀損に当たらない旨主張する。

2  しかしながら、名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠いて、不法行為にならないものというべきであって、表現態様によって要求されるべき公共性、公益目的性に差があるとしても、当該行為が右にいう公共性、公益目的性の要件をみたさない場合には、たとえ摘示された事実が真実であっても、被害者の人格的価値に対する社会的評価を低下せしめたときは、その行為は不法行為に当たるといわねばならない。

3 これを本件についてみるに、被告興信所は、本件文書の真実性を累々主張するも(その立証の程度については、前記三3に判示のとおりである。)、公共性、公益目的性について何ら主張立証しないし、本件文書が原告らの名誉ないし信用を毀損するものであることは前記二3に説示のとおりであるから、被告興信所の右抗弁は採用することができない。

五被告らの責任について

1  被告丁沢らは、法律の専門家であるから、A、Bの各報告書に原告らの名誉ないし信用を毀損する記述があり、それらを裁判所に提出することが、正当な弁護活動に該当しないことは容易に知り得るところであり、実際、前記三2(二)の認定事実によれば、同被告らは、A、Bの各報告書の作成名義を一切伏せて写しを裁判所に提出しており、何らかのトラブルの発生を事前に予想していたとも推認することができるから、原告らの名誉毀損につき過失があったことは否めず、同被告らは原告らの名誉毀損による不法行為責任を負わねばならないといわねばならない。

なお、原告ら主張の、被告丁沢らの故意・共謀については、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

2  被告夏子及び同三郎については、A、Bの各報告書に原告らの名誉ないし信用を毀損する記述があることを知りながら被告丁沢らに交付したことだけでは、いまだ原告らの名誉信用が毀損されたことについての故意にはならないのであって、同被告らが仮処分申請事件の疎明資料として裁判所に提出することについてまで認識ないしは予見可能性があったかが問われなければならないところ、前記三2の認定事実によれば、右被告らが、被告丁沢らに本件仮処分を依頼するに際し、A、Bの各報告書を参考資料として同被告らに預けはしたものの、同被告らから右各報告書を疎明資料として裁判所に提出することに了承しておらず、疎明資料として裁判所に提出するという形で表現すること自体を知らなかったといえるから、いずれも故意があったとは認められない。

また、被告夏子及び同三郎には、A、Bの各報告書を資料として被告丁沢らに預けたことから、同被告らが疎明資料として裁判所に提出することについて、予見可能性があったとはいえるものの、弁護士は、委任者の意思に反することはできないとはいえ、法律の専門家としてその専門知識を生かしかなり広範な裁量権をもって行動することが許されているのであるから、被告夏子及び同三郎には、被告丁沢らの弁護活動を逐一監視する義務はなく、いずれも過失は認められない。

よって、被告夏子及び同三郎は、原告らの名誉毀損による不法行為責任を負わず、代表取締役である被告夏子の不法行為責任がない以上、被告会社も不法行為責任を負わない。

3 被告興信所が、依頼者である被告夏子及び同三郎に対し、A、Bの各報告書を交付する際、右各報告書が裁判の疎明資料に使用されることを知り、又は知ることが可能であったことについては、これを認めるに足りる証拠はなく、この点に関し、被告興信所に故意・過失は認められない。

なお、原告らは、仮に、被告興信所によるA、Bの各報告書の交付時に故意、過失が認められないとしても、同被告は、その後被告丁沢五郎の依頼により、A、Bの各報告書と作成者名を裁判所に提出提示することに承諾したのであるから、右各報告書が第三者の目に触れて、内容が伝播することを容認していた旨主張するが、原告らの名誉が毀損されたのは、A、Bの各報告書が裁判所に提出されたことによるのであって、名誉毀損の後に、右各報告書が第三者の目に触れて内容が伝播することを容認したとしても(そのこと自体証拠上争いがある。)、それは名誉毀損と何ら因果関係を持つものではなく、結局不法行為の故意・過失行為とはいえないから、原告らの主張は主張自体失当である。

六損害等について

被告丁沢らの不法行為により、原告会社は、名誉・信用を毀損されて、無形の損害を受け、同春子及び同一郎は、名誉を毀損されて、精神的苦痛を受けたことは、経験則に照らして推認するに難くない。そして、前記事実関係をかれこれ斟酌すると、原告会社の無形損害は、金銭に換算して金三0万円であると認めるのが相当であり同春子及び同一郎の精神的苦痛は、同じく金三0万円をもって慰謝するのが相当である。

なお、原告らは、金銭賠償と共に、名誉・信用を回復するため、謝罪文書の交付を求めているところ、名誉・信用毀損は社会的評価の低下を意味し、対第三者の関係で問題になることであるから、加害者から第三者に謝罪文を交付させるならともかく、被害者に交付させることは名誉・信用の回復手段としては意味がなく、原告らの右請求は失当である。

七結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告丁沢らに対し、不法行為による損害賠償金として、連帯して各金三0万円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和六0年八月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、同被告らに対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求は、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項ただし書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鐘尾彰文 裁判官奥田哲也 裁判官浅見宣義)

別紙一〜九<省略>

別紙一0

M株式会社に関する報告書(A報告書)

1 N産業(株)大津支店としての役目で設立

2 狡猾な仕振りで当社は、尚に筒一杯の内容に置かれて居り、取引に関しては十分な警戒が必要と思料される。

3 常務 甲野一郎

4 常務役員 二名

5 本社(表記肩書地)

土地・建物共に借用している。(正式な契約でなく、又借りである。)

6 現場事務所(大津市<住所省略>)

土地 二九一一二.00m2(大津市有地)

建物(プレハブ平屋)五0.00m2内外

※大津市有地で湖岸地の一部を砂利集積場と車輛置場及事務所場所として一0000.00m2内外を借用している。

7 京都支店(京都市北区<住所省略>)

※社長甲野春子女の住所で賃貸マンションの一室である。

本社、支店としての機能は備わっていない。

8 設備

採取船二隻 普通船一隻 錨打船二隻上船九隻 引船鋼鉄四隻 三五tクレーン二台 乗用車二台 その他事務用一式

9 販売 砂利 九五%

品目 栗石 五%

10 業界の地位

全国、当地ともC〜D

対外信用度は至って低い

11 沿革

現代表者甲野春子女(本名甲野春子)の夫が、戦前京都市南区に於て鉄工所を経営していたが、戦時廃業

昭和二一年一一月

資本金三00万円を以ってN産業を設立して繊維製品の販売を業とした。

昭和二七年二月

甲野春子女を代表者として、大津市<住所省略>(当時は大津市<住所省略>)に資本金八0万円を以ってN産業(株)を設立(砂利採取業経営)。

昭和三五年頃

京都のN産業(株)は、京都市中京区<住所省略>に本社を移転した。

同時に代表者はT氏就任

南区<住所省略>にブロック工場開設

伏見区<住所省略>に伏見ブロック工場開設

本格的にブロック等二次製品の製造販売に転じた。

昭和四三年

T氏は退任、甲野春子女が代表者に就任。然し従業員はT氏に味方した為、四五年三月春子女は退任し、再度T氏が代表者となった。

昭和四七年一二月

中京区<住所省略>の本社を売却し北区<住所省略>代表者の居宅に移転すると共に業務全般を大津市のM(株)に移譲した。同時にN産業(株)は不動産業に転向。

其の頃より昭和五一年に亘り、吉祥院工場伏見工場不動産を相次いで売却、M(株)を増資及び設備増強と資金を投下した。

爾来N産業(株)は中京税務署、中京府税事務所、厚生省、大阪国税局より不動産を差押えられると共に再三に亘って不渡事故発生、その清算ないまま消滅し今日に至る。

12 決算期 一0月

13 既往の業績

沿革欄の通り戦後の二一年一一月N産業(株)を設立、中京区<住所省略>に本社を置き、引続きビロード生地の販売、金融、その他有利と見られるものなら何でも取扱い第三国人としての立場を利用して巧みに儲けを続けて来たが、昭和二七年二月、大津市にN産業(株)を別個に設立し、野洲川及その他の河川より砂利を採取し、建設ブームを狙った経営を展開した。尓来順調を伸し設備を増強したが、稍手張りとなり加えて京都市内二ヶ所のブロック工場開設に伴う資金の固定化、金融部門の回収不能の続出、公私混同した代表者一家の派手な生活振り等より再三に亘って代表者が交代し、各方面より不審を買い、税務所、府税事務所、厚生省に不動産を差押えられる等資金面は多忙化し、二ヶ所のブロック工場を売却し、京都のN産業(株)は不渡事故発生と共に京都市より消去ってしまった。

其の後は、大津のM(株)も滋賀県より琵琶湖志賀沖一円の砂採取の権利を収得し、砂利の採取と販売に力を入れて来たが、オイルショック以降の建設ブーム鈍化より一進一退の内容も推移し今日に至っている。

尚、当社設立以来内容では、京都のN産業(株)と同一本社が京都で、M(株)は大津支店とも云える経営内容であった。

現在ではM(株)及甲野春子女の名義の不動産も見当たらないが、代表者甲野春子女個人としての預金はある程度まとまったものは持っている模様である。

M(株)近年の業績は上掲の通りで業績は伸悩み、利益も人件費の増嵩と燃料費の値上り、収支一杯で終っている。

然し設備の償却は総て終って居る模様。

14 現在、当社の本社所在地は表記肩書地に登記されて居るが同所は当社従業員の宿舎として使用、本社としての機能は備えていない。又京都支店として登記されている場所は代表者甲野春子女の居宅(マンションの二階で賃貸)で、当所も本社としての機能を有していない。

15 事業所である大津市<住所省略>は大津市所有の二九一一二.00m2と同一〜二は公共道路三00八.00m2で、同じく大津市有地一〜三は四八三.00m2で学校建設地で文部省の所有名義で、夫々官有地で琵琶湖岸に面して居り、内一0000.00m2内外を、大津市の許可を得て使用しているが公共道路地三00八.00m2は当社関係のダンプ等が通交し道路を汚す為、清掃設備として散水設備が約束されている。前記の許可を得ている土地にはプレハブ平家事務所一棟の外クレーン車の用地と砂利の集積場として使用している。由美ヶ浜事業所が実質本社として稼働している。同所には専務取締役の嶋田氏と女子事務員の二名が駐在のみで他一二名の男子従業員は沖での砂利採取業務及集積業務に従事している。

採取に関しては、採取区域は志賀沖一円と定められ、二年間の期間を事業共に協調しなければならず採取量にも制限があり常に両事業団の監督がある。

当社は従来より規定された場所で砂利を採取し選別の上、砂利九五%、栗石五%の割合いで夫々の需要家筋に販売する事を業務としている。

16 今期の業績としては、前記と変わりはなく建設業界の不振が要因で横這い推移であり平均月商は二六000千円内外である。利益に関しては採取権利金以外は燃料と労務費等が原価として計上され、販売管理費は傭車代、その他交際費、連絡費位のものであるが、燃料の値上りと人件費の増嵩で営業利益四.六%内外を計上されているが、設備の内採取用船舶の内一部が、甲野春子女個人よりの借用もあり、その賃貸料と金利を差し引けば収支一杯の内容の様である。

損益分岐点としては、月商三五000千円内外が必要と云われている。

17 資金繰りは滋賀商銀よりの借入れと手形割引と回収金にて賄っているが、必要に応じて甲野春子女より借入れて操作している。

当社としては不動産の所有もなく設備機械も耐用年数も過ぎた老朽機及船でもあり、現経営内容ではその補修も不可能と云った現状である。

以上より取引に関しては十分な警戒が必要と思料される。

18 販売先より代金振込み窓口で融資は一切ありません。定期一口と積立一口がありますが、増える事はありません。

資金操作は総て商銀で行なっている模様です。(滋賀銀行談)

甲野春子さんの保証で長期融資があり、順調に返済されています。

割引は手形の質も良く十分割引融資を行って居ります。(滋賀商銀談)

(19欠番)

20〔本名甲野春子〕現五八才

女は京都市内に於て韓国籍として出生。

市内の某女学校を卒業の上、一九四四年頃立命館大学を卒業したT氏(T)と結婚

前記沿革欄の通りN産業(株)の代表者及びM(株)の代表者に就任したが近年女は表面に出る事なく、上記の現地賃貸マンションの一室を借用して居住し隠し預金を動かし、金利収入を得て上手に稼働していると聞く。

尚、夫T氏とは正式ではないが離婚していると聞く。

家庭

女及子供三名

資産

表面に出ているものはない。

(現住所のマンションは家賃不払いで立退を云われている。)

性行

狡猾、守銭童と聞く。

別紙一一

甲野一郎に関する調査報告書(B報告書)

1 現住所 不定

2 所謂おかあさん子であって、幼少の頃から母に溺愛されて生い立ったボンボン育ちである。

3 日本大学を卒業した。

4 N産業株式会社の取締役に任用され、後、専務に昇任されたが(中略)後専務職をおろされて平取締役として在籍している。

5 所謂プレーボーイで、会社経営に身が入らず加えて性甘く、社員統轄の能力に欠けていた。

6 既往首記××マンション三二号室に於て、特定の女性と同棲生活を続けていた。

7 上記マンションを離れ、その女性と行動を共にして市内をてんてんとする。時には上京する事もあると云われ、プレーボーイとして知能的な動きを続けつつある由、巷間で兎角の風評がたてられつつある。

然乍色金と力はなかりけりの定説の通り、本人は目下の処、ふところ勘定は薄いものと云われ、専ら得意の口説に依り、経済状況に恵まれている上記女性におんぶして行動している。

8 L女は(中略)平安女学院短大卒。

9 甲野一郎氏と親交を持つに致った経緯は、プレーボーイ独特の手くだに陥ったものと推察せられる。(中略)然し乍ら、L女も生来しっかりした人物で何から何迄他人の口車に乗る様な甘い人柄ではなく、自主性に富む女性であるから、甲野一郎氏に盲従する様な事はないものと推察せられる。

10 性格素行

明朗、淡白で人当り良く、社交性にも富むが所謂プレーボーイの素質に富み知能的言辞を弄し、異性を籠絡する手練も相当聞く。

特に、したたかな母甲野春子女には頭が上らず、母の指示に従い動く傾向が強いが、社員を指示管理する能力は薄い。前述の如くボンボン育ちで、固定した資産の所有はなく、預金等も現状手薄と聞く。

又、母甲野春子女が経営するN産業株式会社も資金運用面は多忙の感が強く、之れが繰り廻しに苦慮しつつある由にて之等の点を綜合して甲野一郎氏との交際に就ては最も警戒を要するものと思料する。

別紙一二

株式会社O港湾に関する調査報告書(C報告書)

1 M(株)が大津市より賃借している。

2 当社の業務はM(株)が兼務している。

3 浚渫船4隻(Mより借用)

4 仕入先 浚渫船の燃料・・三谷商事(株)

5 取引銀行

滋賀商銀 普通預金口座のみ

太陽神戸銀行 普通預金口座のみ

6 実質上は多少の赤字と評される。

7 沿革現況

当社は、親会社であるM(株)の子会社的存在で(中略)実態は利益二分化に等しく、税務対策上の操作と評され、帳簿処理上、当社は親会社の下請的処理で調整されていると云われ、従って当社の業務運営は親会社が一切を兼任している業態である。

8 代表者個人事項

氏名 甲野一郎氏(一九四九年四月二一日生)

(中略)

韓国出身と評され、父、T氏(T)と母、甲野春子子女(甲野春子)の二男として出生。

日本大学卒業後

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